Gillespie (2012)のagencyに関する論文を読みました。

数カ月前にロンドンのLSEで教鞭をとっているGillespieの動画を視聴し、おもしろかったので、彼の論文も読んでみました。

今回読んだ論文では以下のものです。

  • Gillespie, Alex (2012). Position exchange: The social development of agency. New ideas in Psychology, 30 (1): 32–46.

Agencyは主体性とよく訳され、言語教育では子供や学習者がどう主体性をもって学習し、言語を使っているのかを研究する際に頻繁に使われる用語です(詳しくはこちら)。

ただ、今回読んだGillespieの場合は、もっと人間の基本的能力としてagencyを扱っているようでした。彼はagencyを、動物のように目の前の状況に反応するのではなく、将来・過去等を見据えて行動する力と定義していました(彼の言葉では「Human agency can be defined in terms of acting independently of the immediate situation (p.32)」)。なので、彼の定義では、お腹がすいていてもダイエットしたいからおやつは我慢しようとか、眠くても仕事が一段落するまではコーヒーを飲んで働こうなどというのも、agencyに入ることになります。

彼によると、人間が目の前の状況とは関係なく行動できるのは(つまりagencyがあるのは)、「distanciation」 と「identification」があるからだといっていました。

distanciationというのは距離を置くことという意味で、自らの行動を振り返ったり、自分自身とは距離を置いて物事を考えるということです。このdistanciationができるのは言葉の役割が大きいとも言っていました。自分の行動について「話す」という行為をする、それだけでもその「行動」自体からは一つクッションが入るということだと思います。distanciationは1人称の自分から3人称の他者へと視点をかえるものだとGillespieはいっています。

identificationは、他者の状況に自らを同化させるということです。人が痛そうにしていると自分も痛くなったりというのがidentificationの例です。Gillespieは、identificationというのは、3人称の他者から1人称の自分へと視点を変えるものだといっています。

Gillespieはこの2つのプロセスに関係しているのが間主観性(intersubjectivity)だといっています。間主観性とは、(自分の立場・意見を持ちながらも)相手の立場・意見も考えられるということを指すそうです(詳しくはこちら)。例えば「彼女が私のことを好きだと思っていると思う」という言葉も、自分が、他者である「彼女」の考えを(あっているかどうかは別にして)考えているという意味で、間主観性の例になるかと思います。

そして、この間主観性を育む要因として、Gillespieは、position exchange(立場の交換)というものをあげていました。つまり、買い手・売り手、聞き手・話し手などの別の立場を様々な場面で体験していくうちに、相手の立場に立つということを学ぶのではといっていました。

彼はかなり精力的に活動していて、最近では下記のような本も編者として出版しているようです。また機会があれば別の論文も読んでみたいですね。

  • Glăveanu, Vlad Petre, Alex Gillespie, and Jaan Valsiner. Rethinking creativity: Contributions from social and cultural psychology. Routledge, 2014.