社会・政治思想学者のマーク・リラの学部生向けの講演を視聴しました。

この前読んだイスラーム政治思想の専門の池内の「書物の運命」の中で紹介されていた、社会・政治思想学者のマーク・リラの「シュラクサイの誘惑―現代思想にみる無謀な精神(The Reckless Mind: Intellectuals in Politics)」を読みたかったのですが、近くの図書館に残念ながらおいていませんでした・・・。

  • マーク・リラ (2005) シュラクサイの誘惑―現代思想にみる無謀な精神. 佐藤貴史他(訳). 日本経済評論社

 

最近はマーク・リラの以下の本も出版されているようです。

  • マーク・リラ (2011). 神と国家の政治哲学 政教分離をめぐる戦いの歴史. エヌティティ出版


代わりにといってはなんですが、彼の動画がアップロードされていたので見てみました。

“The Soldier, The Sage, The Saint and The Citizen.” 2010年4月23日

これは、コロンビア大学人文学部(Literature Humanities)の1年目と2年目の橋渡しとなる特別講義だったようで、これから大学の学習を通して、どういう生き方をしていくべきかという一般的な話をしていました。

リラはこの講演の中で4つのタイプを挙げていました。実はこの講演ではよく分からないところも多かったのですが、私の理解では以下のようなものです。

・Soldier(兵士)
兵士はどの社会にも不可欠なものだそうです(どこの社会でも警察や軍隊が存在するのがその最たる例だと思います。)。兵士の根本には「怒り(anger)」があり、バカ(fool)な支配者がいるなど、怒るに足るもっともな理由もあるそうです。兵士というのはもろ刃の剣で、自らを脅かすものにもなり得ます。

こんな争いの火種となる兵士や、その根本にある「怒り」はいらないのではと思う人もいるかもしれませんが、「怒り」がないと「正義」も産まれないとリラはいっていました。市民権運動のように、政治的活動というのもこういった「怒り」から発せられるものだそうです。

ちなみに、金持ちで権力のある国は、あたかも兵士の存在を忘れて過ごすことができるともいっていました。

・Saint(聖者)

シャーマン、僧、修道士など、現世とその他の世界を結ぶ人たちです。

・Sage(賢者)

知を追い求める人たちで、Saint(聖者)のように他の世界に依拠するのではなく、自らの力で真実を追い求めます。

・Citizen(市民)

上記の3つの種類のタイプはどこの社会でも見られるそうですが、Citizen(市民)はここ200年の産物だそうです。市民は、基本的人権が保護されており、上の3つの種類のタイプの人よりも野心なく生きているのですが、常に「この生活でいいのだろうか」という悩みに苛まされているそうです。

最後は、大学を通していろいろな生き方に触れ、自分がどういう生き方をしたいか選びなさい、という感じのことを言っていた(と思います)。

学部の一般的な講義だったら私でも分かるかなと思って聞いてみたのですが、自分の教養のなさもあり、分からないところも多く、残念でした。上の2冊の本はいつか時間があれば読んでみたいなと思います。