Canagarajahの南アジアにおける複言語主義と英語に関する論文を読みました。

Suresh Canagarajahについてはこの前少し紹介しました(詳しくはこちら)。複言語主義・多言語主義の分野で著名な学者です。

最近では以下の本も出版しているようです。(読んでないですが)

  • Canagarajah, Suresh. Translingual practice: Global Englishes and cosmopolitan relations. Routledge, 2012.

 

今回はそのCanagarajahの南アジア(インド・スリランカ)の言語状況に関する以下の論文を読みました。

  • Canagarajah, Suresh (2009). The plurilingual tradition and the English language in South Asia. AILA Review, 22, 1. 5-22.

Canagarajahによると、南アジアは多言語な環境で、母語や「native language」が何かさえわからないぐらい、多数の言語を使って生活しているそうです。また、個々人の中で、1つ1つの言語が別個に存在しているわけではなく、英語を含む様々な言語が一つのレパートリーを形成しており、人々はその中から様々な言語リソースを引き出しながら生活しているといっています。この前紹介したtranslanguagingの考え方に似ていると思うので、詳しくはこちらをご覧ください。

Canagarajahはこういった状況での英語の使用を「Plurilingual English(複言語的英語)」と呼んでいました。
このPlurilingual Englishは、World Englishes(世界の英語)とも違うそうです。World Englishesとは、世界中の様々な英語(インド英語、シンガポール英語等)のことですが、World Englishesのほうは体系化されており、英語の変種の一つとなっているのに対し、Plurilingual Englishはあくまで個々人に注目し、個々人が様々な言語リソース(英語を含む)を使って生活している様を表しているといっています。

この論文ではPlurilingual Englishの例も挙げていました(つまり、「英語」「シンハラ語」「タミル語」などの言語を別個の言語としてはっきりと使い分けるのではなく、同時にいろいろな言語リソースを使いながらコミュニケーションしている様子)。Canagarajahがスリランカ出身ということも関係しているかと思いますが、スリランカ関係の例が多かったです。たくさん例がありましたが、そのうち興味深かったものをいくつか紹介します。

・スリランカの言語学者Suseendirarajah によると、スリランカの公用語であるインド・アーリア語族であるシンハラ語と、ドラヴィダ語族のタミル語は語彙・文法の面でお互いに影響を受け、もともとは語族が違ったにもかかわらず、その違いが薄まっている面もあるそうです。

  • インドとスリランカのタミル人コミュニティでは、「manipralava」といって英語やタミル語(昔はサンスクリット)を混ぜて記載する習慣もあるそうです。
  • 現在のスリランカの英語新聞では、タミル語とシンハラ語の言葉が自由に使われているそうです。例えば、 M. Gunasekaraによると、Daily Mirror (2004:1)のタミル人の政治家が若いタミル人の戦闘リーダーに武器を捨てて、民主主義プロセスに加わるようにといった記事で、 “Anandasangaree(タミル人政治家の名前)appeals to ‘My Dear Thambi’ ”との記載があったそうです。Thambiはタミル語で「Thambi(弟)」という意味だそうですが、この言葉が別に翻訳もなく、そのまま使われていたそうです。勿論タミル語・英語のバイリンガルにはわかる言葉ですが、シンハラ語話者もこの言葉が分かることを前提としているといっていました。逆に、シンハラ語の言葉がそのまま記載されている場合もあるようです。