女ことばの日本語クラスでの教授法に関する論文を読みました。

全米日本語教育学会の発行している学術誌「Japanese Language and Literature」に掲載されていた以下の論文を読みました。

  • Meryl Siegal and Shigeko Okamoto (2003) Toward Reconceptualizing the Teaching and Learning of Gendered Speech Styles in Japanese as a Foreign Language, Japanese Language and Literature, Vol. 37, No. 1, pp. 49-66.

SiegalもOkamotoも日本語のジェンダー(女ことば)(と日本語教育)関連でいくつか論文等を執筆しています。全部ではないですがいくつか読んだことがあるので、今度また機会があれば紹介できればと思います。

Okamotoは下記の本の編者でもあるようです。

  • Okamoto, Shigeko, and Janet S. Shibamoto Smith, eds. Japanese language, gender, and ideology: Cultural models and real people. Oxford University Press, 2004.
今回読んだ論文では、言語教育における女ことば・男ことばなどのジェンダースピーチスタイルの取り扱われ方や教授法について論じていました。

Siegal and Okamotoは米国でよく使用される7冊の日本語教科書を分析したそうなのですが、その分析によると、日本語教科書は日本の男性・女性のステレオタイプ的イメージを踏襲するものが多かったそうです。例えば、日本語教科書では、男性が教授や部長、課長等の「高い地位(higher-status)」、女性は主婦や秘書等の「より低い地位(more subordinate roles)」として描かれることが多く、また、職場のシーンで女性が命令や指示するシーンなどもなかったそうです。(p. 51)(主婦や秘書が必ずしも「より低い地位(more subordinate role)」いるとは限らないのではと個人的には思いましたが・・・。)

また、ことばの面でも、日本語教科書はジェンダーの差異を強調するような描き方をしていることが多いといっていました。例えば、インフォーマルな場面で「yes」といったり、相槌をするときに、女性は「ええ」というのに対し、男性は「うん」や「ああ」を使ったり、また、女性のほうが敬語使用が多かったそうです。

ただ、こういった教科書の描き方と現実とは必ずしも一致するわけではないともデータを示しながら指摘していました。

こういった状況を踏まえ、Siegal and Okamotoは、ジェンダースピーチスタイルに対しての批判的アプローチを提唱していました(詳細は割愛しますが・・)