メイナード(2007)の「マルチジャンル談話論」を読みました。

メイナードは談話分析等で多数執筆している学者で、このブログでも何度か紹介しています(前回記事等)。今、そのメイナードの以下の本を読みました。

  • メイナード,泉子・K. (2008)「マルチジャンル談話論」くろしお出版

日本語なので読みやすいですね。彼女の英語の論文も読んだことがありますが、日本語データがすべてローマ字表記になっていて、解読するのが大変だった記憶があります。

ジャンルというと、「ロック」、「ジャズ」など音楽の種類みたいなのを思い浮かべてしまいますが、言語学ではジャンルといった際には、さまざまな定義はありますが(詳しくはこちら)、ある場面で使われる言語の文体や話し方のスタイルといったふうに捉えたほうがいいかなと思います。

メイナードも、ジャンルとは「意味を創造する人間行為に典型的に観察される一定の表現様式によって支えられたある種の談話タイプ」(p.2)と広く定義しています。例えば、昨日の記事にもあった「女ことば」のような「ある一定の表現様式」でひたすら話していたら、それはジャンルとみなされるということだと思います。ただ、普段なされる会話・談話を観察すると、常に一定のジャンルで話しているわけではなく、複数のジャンルが入り組んでおり、これをマルチジャンルといっていました。マルチジャンルは、「ごく頻繁に見られる言語のバリエーションの一種であると認識すべき」とメイナードはいっています(p. 14)。

この本は、漫画や歌番組、雑誌広告、ドラマなどを対象に、「マルチジャンル談話」の分析を試みていました。ジェスチャーや映像の分析などもしていたので、この分野で何か分析したいという人には、参考になるかと思います。

個人的に面白かった分析は、第4章の「言語行為の交渉:アイデンティティー表現としての「だ」」です。「だ」というと「私は学生だ」のようにコピュラ(繋辞)としての「だ」を考えがちですが、「わかってますよーだ。」(p. 89)のように、別に「だ」が存在しなくてもいいような場合にでも、「だ」が使われ、コピュラとしては片付けられないケースがあるといっていました。

コピュラでは片付けられない「だ」の例を、『情意の「だ」』という、「「そうだ」と今の状況を肯定して断定する態度(the telling-it-as-is attitude)を伝える指標」(Maynard 1999)という概念と絡めながら説明していました。