ウィリアム・ラボフのマーサズ・ヴィニヤード島での研究についての備忘録

ウィリアム・ラボフ(William Labov)は著名なアメリカの社会言語学者ですが、彼の研究でよく引用されるものの一つにマーサズ・ヴィニヤード島での研究があります。

  • Labov, William. Sociolinguistic patterns. University of Pennsylvania Press, 1972.

↑この本はよく引用されています。

(原書を読んだわけではないので、以下はシェフィールド大学のサイトをはじめとするウェブや以前読んだ本の受け売りです。ご注意ください。)

 

マーサズ・ヴィニヤードは、アメリカのマサチューセッツ州のニューイングランド沖にある島ですが、Labovはここで/ai/などの二重母音の発音を研究したそうです。

彼は1963年にこの島の住人にインタビューし、年齢・ジェンダーなどの社会属性によって二重母音の選択に違いがあるかを調べたそうです。

ただ、直接「この言葉はどう発音しますか」といっただけだと、インタビューされた人も意識してしまい、研究目的を果たせないと思ったLabovは以下のような質問をします。

  • “When we speak of the right to life, liberty and the pursuit of happiness, what does right mean? … Is it in writing?”
  • “If a man is successful at a job he doesn’t like, would you still say he was a successful man?”

この質問に島民が答える際に、「life」や「right」などに含まれる二重母音をどう発音しているかを観察したようです。

結果としておもしろかったのは、1930年頃は、エスニックバックグランドによって二重母音の発音に違いがあったのですが、Labovが研究を行った1960年代には、島への愛着度によって違いが観察されたということだそうです。

漁師や、若い人で島にとどまろうと思っている人(アメリカ本土に否定的な感情を持っている人)など、島に愛着を持っている人は二重母音を[əi]と発音し、ボストンなどの本土の人などが発音する[ai]とは異なる発音をしていたということです。

この島は観光業で有名でアメリカ本土の人も多く訪れるそうなのですが、観光業の発展とともに、本土の人と差異を表す発音も顕著になっていったようです。こういう本土とは違う発音がマーサズ・ヴィニヤード島のアイデンティティになったともいえると思います。

この研究はニューヨークのデパートでLabovが行った、社会階級による/r/の発音の差異に関する研究とともに、社会言語学の古典的な研究として、よく引用されています。