終助詞「ね」を会話分析の立場から分析したTanaka (2000)を読みました。

今回読んだ論文

終助詞「ね」を会話分析の立場から分析した以下の論文を読みました。

  • Tanaka, H. (2000). The particle ne as a turn-management device in Japanese conversation. Journal of Pragmatics32(8), 1135-1176.

Tanakaは以下のような本も出版しています。

  • Tanaka, H. (2000). Turn-taking in Japanese conversation: A study in grammar and interaction (Vol. 56). John Benjamins Publishing.

 

論文の内容

この論文を読んでなるほどと思ったのですが、「ね」は「終助詞」と言われますが、必ずしも文末につくのではなく、文頭や文中にもつくということです。この論文ではその「ね」の機能について会話分析の「turn-management」の観点から例を出しながら説明していました。

会話というのは話し手と聞き手に分かれて、その順番を交替しながら作り上げていくものですが、話し手が発言権をもっているときは話し手の「ターン(turn)」、聞き手が発言権を持っているときは聞き手の「ターン(turn)」、そして交替するときはturn-takingといったりします。

会話分析の主要な概念について①:Turn-taking(話者交替/順番交替)

↑詳しくはこちらの記事もご覧ください。

 

Tanaka (2000)はこの論文で、終助詞「ね」は、会話のターン(turn)を管理する機能(turn-management device)があると言っていました。

例えば、「ねー、お母さん」「ねー、そうだよね」など、文頭についた場合は、ターンの開始を示し、注意喚起したり、相手への同意を示すことができます。

「それはね、私が思うにはね、学校でね」など、文中についた場合は、相手に確認・承認を要求する機能(acknowledgment-relevance placeといっていました)があり、その結果、自分が発言権を持ち続けることができます。

また、「試験難しかったね」と言われたときに「ねー」と答えた場合など、「ね」だけで会話のターンを終わらせることもあり、この場合は、ターンの開始・ターンの交替の両方を示すことになり、合意の内容について再確認したりすることができるといっていました。

この論文では詳しく例を出しながら「ね」の機能を分析していたので、詳しくは原文をご覧ください。