リンガフランカとしての英語の語用論:Taguchi & Ishihara 2018

リンガフランカとしての英語(ELF)の語用論

現在70%以上の英語話者がノンネイティブと言われており、リンガフランカとしての英語(English as a lingua franca, 以下「ELF」)研究も盛んになっています。

(*リンガフランカとしての英語については「「リンガフランカとしての英語」とは何か?なぜ英語はリンガフランカの地位を得たのか?」もご覧ください。)

 

語用論の研究では、従来はネイティブスピーカーを基準にしての研究が多かったのですが、ネイティブスピーカーを規範とすることにも疑問が呈されています。

 

今回は、ELFと語用論についての以下の論文を読んだので紹介します。ざっくりした紹介なので、詳しくは原文をご覧ください。

  • Taguchi, Naoko, and Noriko Ishihara. “The pragmatics of English as a lingua franca: Research and pedagogy in the era of globalization.” Annual Review of Applied Linguistics 38 (2018): 80-101.

TaguchiIshiharaも語用論関係で多数執筆しています。

 

ELFの特徴

リンガフランカとしての英語(ELF)の特徴としては、以下のような研究結果がでているようです(p. 81)。

  • 理解しやすさを優先した発音
  • 文法の単純化(三単現のSがなくなるなど)
  • 冗長になる傾向
  • 語彙の創造
  • 前置詞の多用等

 

全体的には結果としてはELFは、創造性があること、そして場面に応じた適応性があることがわかっているようです。

 

ELFの語用論

語用論の分野ではELFを対象にした研究は比較的少ないようですが、以下のような研究はあるようです(p. 81-88)。

  • スピーチアクト(ただし、やり取りを達成するためのもの)
  • 有効なコミュニケーションのためのストラテジー
  • 適応・関係性構築のためのストラテジー

 

下記でそれぞれについて補足します。

 

スピーチアクト関係の研究

スピーチアクトというのは、依頼・謝罪・拒絶するときの表現の研究がよくあります。

「学習者はネイティブスピーカーより直接的な表現を使う」などネイティブの規範との違いを比較する研究が多かったのですが、最近はどう会話の中で、相手との関係性を調整しながら、依頼など行為を行っているかを、会話分析などを通して考察するものが多いようです。

ELFの研究では、ELF話者がやり取りを達成するために、どうスピーチアクトを行っているかを観察するものがあるようです。

また、ネイティブの規範を受け入れるか受け入れないかというのは、学習者の選択と考え、学習者の主体性を重視しているのもELF研究の特徴のようです。

 

有効なコミュニケーションのためのストラテジーに関する研究

ELFが効果的にコミュニケーションを行うために、ELF話者がどのようなストラテジーを使っているかを調べるものもあります。

 

例えば、コミュニケーションの問題が生じたときの修復ストラテジーを考えるものがあるようです。

単体でそのストラテジーを観察したものもあれば、修復という行為自体がどのように行われているかを会話分析などを通して調べたものもあるようです。

このような研究から、ELFのやり取りは協力的なもので、文法的正しさより意味が優先され、相互理解を重視していることがわかっているそうです。

 

適応・関係性構築のためのストラテジーに関する研究

その場その場での相手との関係性構築のためのストラテジーを調べるものも見られます。

 

例えば、話している相手があまり使わない言い回しをした場合、それを直すのでなく、わざとこの言い回しを使ったりして、関係性を構築することなどがあるようです。

また、コードスイッチングを使って別言語を効果的に使うこともあるようです。

 

ELFの語用能力とは?

このような結果をもとに、上記の論文では、ELFの語用能力についても述べていました。

和訳はざっくりしたものです(p. 88)

  • その場その場で相手の反応を見ながら、スピーチアクトを共に構築する能力
  • 相手と、その場面で適切と考えられる共通の規範・基準を形成する能力(ただし、その規範はネイティブの規範でなくてもいい)
  • 共通理解を生むために、様々なコミュニケーションストラテジーや語彙・文法を上手に使って、コミュニケーションをしていく能力
  • 相手の言葉遣い・ニーズ等などに合わせ、関係性構築のために共通のディスコース基盤を形成していく力

 

相互行為能力」とも似ているのかなと思います。

 

もっと興味のある方は

上記の論文では、後半部にELFの英語の語用論の教授法として、意識向上のための案なども紹介していました。

 

また、ELFの語用論についてはIstvan Kecskesという著名な研究者が以下の本も執筆しています。

  • Kecskes, Istvan. English as a lingua franca: The pragmatic perspective. Cambridge University Press, 2019.