川上・三宅・ 岩﨑(編)(2018)の「移動とことば」を読みました。

移動とことば

「移動とことば」という本を読みました。

これは、2015年から立ち上げられた「移動とことば」研究会で発表された発表がもとになったもののようです。

  • 川上郁雄, 三宅和子, 岩﨑典子(編)(2018). 『移動とことば』くろしお出版

2部構成で計11章から構成されています。

 

 

この本の視点

この本の視点で面白いと思ったのは、「移動」を経験する人々の生活を常態ととらえて、「定住者」の視点ではなく、「移動」する人の視点から考えているということです。

例えば、日本社会の多文化化・多言語化に関する研究もありますが、それは日本に定住する者からの視点であると指摘しています(第1章、川上 p. 8-9)。

ここでいっている定住者からの視点というのは、移民の国籍・出身地・エスニシティ・居住地をもとに、その人の傾向を探るということのようです。

 

この本では、「移動」する人々の動態性や複雑性に着目することを目的としていて、各論考も、国籍やエスニシティでグループに分けてそのグループの特徴を探るというアプローチではなく、移動する人「個人」(1名~複数名)に焦点をあて、その人の個のリアリティを描いたものになっていました。

 

例えば、第9章の大塚・岩﨑の「国境を越えたあるろう者のライフストーリー」という論文で、トリニダード・トバコ出身で日本に移住して10年のろう者の女性の語りから見えるものについて考察を加えていました。

 

アイデンティティや言語使用について「移動」と「ことば」という2つの視点から考察するというのが本全体のポイントになっているようです。

なお、研究方法は、章によってばらつきがあり、質問紙・インタビュー・ライフストーリー・エスノグラフィー・言語ポートレートと多様な方法をとっていました。

 

まとめ

この「移動とことば」というのは日本語の概念だと思うのですが、動態性や複雑性に着目するということ自体は、近年のアイデンティティ研究や言語使用の研究に多数みられるのではと思います。

この本ではなく、アイデンティティ研究一般に言えることだと思いますが、このようなアイデンティティという複雑な概念をどう取り扱うのかというのは非常に難しいと思いますし、本人ではなく研究者が代わりに語ることについては慎重にならなければならないと改めて思いました。