アルジュン・アパデュライ(Arjun Appadurai)のCulture, Cultural, Culturalismの違いについて

アルジュン・アパデュライ(Arjun Appadurai)について

アルジュン・アパデュライ(Arjun Appadurai)は文化人類学者で、彼の1996年に書いたグローバル化時代の文化論はカルチュラルスタディーズなどに大きな影響を与えています。

  • Appadurai, Arjun. Modernity al large: cultural dimensions of globalization. Vol. 1. U of Minnesota Press, 1996.

 

この本は「さまよえる近代―グローバル化の文化研究」という題で日本語訳も出版されています。

 

Culture/Cultural/Culturalism

アパデュライはこの本の第1章で「culture」という名詞ではなく、「cultural」という形容詞を使って文化を考える必要性を提起しています。

また、「culturalism」についても説明しているのですが、今回の記事ではこの3つについてまとめたいと思います。

 

詳しく知りたい方は、上記の本のp. 12~15に掲載されています。

 

culture

アパデュライは「culture」という用語に批判的です。

その理由として、「culture」という名詞を使うと、文化が「モノ(object, thing)」や「物質(substance)」のように聞こえるからといっています。

なぜ「モノ」という意味で使うと問題かというと、例えば「日本文化」を「モノ」と考えた場合、それはあるグループの人(「日本人」)が所有しているものという意味合いが出てしまいます。

下記にも述べますが、アパデュライは、もっと流動的な形で文化を見ているので、「モノ」や「物質」として考えるのは問題という立場のようです。

 

cultural

アパデュライは「cultural」という形容詞を使い、文化を「物質」でなくて「側面(dimension)」や「現象(phenomena)」として考えるべきだといっています。

 

アパデュライによると、文化というのは、グループアイデンティティにおける差異(difference)(culture as difference, especially difference in the realm of group identity, p. 13)であるいっています。

 

例えば「日本人」というグループアイデンティティを構築するためには、他のグループとの差異を作り出す必要があります。

「日本人」は「礼儀正しい」とか「よく働く」とか巷にあふれる言説はよくありますが、これも他のグループ(「中国人」「韓国人」)と比較・対比することで明らかになるものです。

 

アパデュライは、文化とは、差異に基づくグループアイデンティティであり、グループアイデンティティを構築するために使われる一連の差異を当たり前のものにするプロセスとも言っています(p. 15)

 

culturalism

Culturalismについて、アパデュライは、”identity politics mobilized at the level of the nation-state” (p. 15)といっています。

つまり、ある文化・民族的アイデンティティを促進するために、国家レベルで文化的差異を強調することをculturalismと呼ぶようです。

 

まとめ

アパデュライの第1章に述べられていた文化の用語についてまとめてみました。

 

彼は第2章でグローバル時代の文化の流れとして、5つのスケープ(scapes)を提唱しています。

これについて興味のある方は、以下の記事をご覧ください。

アルジュン・アパデュライ(Arjun Appadurai)の5つのスケープ(scapes)について