言語社会化論(language socialization)とは何か

言語社会化論(language socialization)とは

言語社会化論について、特に第二言語習得の点から簡単に説明します。

(なお、英語ではふつう「language socialization」と書き、「理論」を意味する「theory」は入っていないのですが、理論と考えていいと思うので、あえて「論」をつけています)

 

 

言語社会化論は、1980年代にアメリカの文化人類学者のElinor OchsとBambi Schieffelinが提唱したものです。

言語人類学に主に端を発するものですが、その他社会学や社会言語学等、様々な学問分野の影響も受けています(Duff & Talmy 2011)。

 

初期の言語社会化論では、幼児が大人とのやり取りを通して、どう社会のメンバーになるために必要な言語能力や社会知識を得ていくかを調査してました。

 

それが、のちに、幼児・子どもだけではなく、第二言語学習者や、あるコミュニティの新参者にも応用されるようになります。

 

なお、言語社会化論では、幼児や子ども、第二言語学習者やコミュニティの新参者など、比較的知識の浅い者のことをnovice(初心者)と呼び、大人や教師、既にコミュニティのメンバーである者など、比較的知識の深い者をexpert(キスパート)と言います。

 

そして学習者(または新参者)が、自分より言語・社会文化知識の豊富なエキスパートとのかかわりを通して、いかに言語能力や社会文化知識を学び、その社会・コミュニティのメンバーになっていくかが調査されるようになっています。

 

言語社会化論を用いた第二言語習得研究の特徴

社会・文化知識

この言語社会論の特徴は、言語と、それ以外の言語を通して得られる社会・文化知識(価値観やイデオロギーなど)の両方に着目していることです。

 

例えば、Cook (2008)の『Socializing Identities through Speech Style: Learners of Japanese as a Foreign Language 』という本は、言語社会化論を使って、日本に留学中の日本語学習者が、ホストファミリーとの夕食での会話を通して、日本語のスピーチスタイル(丁寧体・普通体)を学んでいるかを観察しています。

そのときの着眼点も、スピーチスタイルを通した社会アイデンティティなど、言語を通してわかる社会・文化知識を中心に分析しています。

 

言語社会化論では、言語は段であり目的、と考えています(Duff and Talmy 2011)。

つまり、子どもや学習者・新参者が、言語を通して社会について学ぶという点で言語は手段ですが、言語を使えるようになる自体も目的ともしているということです。

 

1990年代以降、第二言語習得理論は社会的視点の大切さが唱えられるようになりますが(詳しくはこちら)、言語社会化論は、言語と社会どちらにも着目しているという点で、その流れにもうまく合っていた理論とも言えます。

 

 

主体性・双方向性・偶発性

特に最近の研究では、子どもや学習者・新参者は、ただ受動的に大人などのエキスパートのいうことを聞いているのではなく、主体性があると考えられています。

 

また、大人から子ども(またはエキスパートから新参者)に一方通行で知識を伝えるというのではなく、その逆もあり、双方向のプロセスであるとも考えてられています。

要するに大人が子どもから学ばされることも多々ある、ということだと思います。

 

さらに、言語社会化のプロセスというのは、予測できない偶発的な要素を含むものでもあります。

 

すべてこう書いてしまえばすべて当たり前のことをいっているようですが、ではどうやってそういうプロセスが起こるのか、ということを実際のデータで示すことはなかなか大変で、そこに意味があるのかなと思います。

 

長期的な研究

なお、言語社会化論を使った研究は、この発達のプロセスをみるので、長期にわたってデータを集めたものが多いです。

人類学の手法を使って、対象者の会話を録音・録画したり、自分たちもそのコミュニティ内部にはいって参与観察したり、インタビューをしたりと膨大なデータを集めることが多いようです。

 

 

興味のある方は

第二言語習得における言語社会化論の学者としてはDuffが有名なので、彼女の著書を読んでみるといいかなと思います。

  • Atkinson, Dwight, ed. Alternative approaches to second language acquisition. Taylor & Francis, 2011.

この本は、第二言語習得理論での数々の社会的アプローチをまとめた本ですが(各章をその分野の第一人者の学者が執筆しています)、この中にDuffとTalmyが書いた言語社会化論に関する論考が含まれています。短いので読みやすいと思います。

今回の記事もこの論考を参考にして書いています。

 

  • Duff Patricia A., May Stephen (eds.) Language Socialization. 3rd Edition. — Springer, 2017

もっと詳しく知りたい人はこのような本もあるようです。

 

日本語だと、言語人類学の入門書には言語社会化についての章もあるようです。

  • 井出里咲子, 砂川千穂, & 山口征孝. (2019). 言語人類学への招待 ディスコースから文化を読む. ひつじ書房

 

 

また、ずいぶん前に言語社会化論の第一人者であるOchsの論文をまとめた記事を書いたので、読みにくいのが恐縮ですが、こちらもよければお読みください。

Language socialization(言語社会化)の第一人者のOchs (1996)の論文を読みました①