第二言語習得におけるビリーフ(belief)研究について

ビリーフとは?

第二言語習得では、教師や学習者が言語学習に対して持っている考え方(例えば、「正確さを重視すべき」とか「英語学習なら英語のみを使って学ぶべき」など)が、言語習得にも影響を及ぼすと考え、ビリーフ研究が進められてきました。

 

なお、ビリーフ(belief)とは、日本語の辞書だと「信念」という訳語になったりしますが、第二言語習得では「ある物事に関する考え方」というニュアンスで使われることが多いように思います。

 

今回、学術誌「System」2011年39(3)号(ビリーフ研究特集号)に掲載されていた序章を読んだので紹介します。

  • Barcelos, Ana Maria Ferreira, and Paula Kalaja. “Introduction to beliefs about SLA revisited.” System 39.3 (2011): 281-289.

 

なお、BarcelosとKalajaは以下のようなビリーフに関する本も出版しています。

  • Kalaja, Paula, and AM Ferreira Barcelos, eds. Beliefs about SLA: New research approaches. Vol. 2. Springer, 2007.

 

ビリーフ研究

1980年頃~

第二言語習得におけるビリーフ研究は、1980年代半ば頃からはじまりました。

ビリーフ研究の嚆矢となった論文は以下の2つのようです(Barcelos and Kalaja, 2011)。

  • Elaine Horwitz (1985) “Using student beliefs about language learning and teaching in the foreign language methods course. ” Foreign Language Annals 18 (4), 333-340
  • Anita Wenden (1986) “Helping language learners think about learning.” ELT Journal 40, 3-12

 

初期のビリーフ研究は質問紙調査が中心で、言語学習について学習者・教師が、何を考えているのか、という「何(what)」に着目したものが多かったようです(Barcelos and Kalaja, 2011)。

 

例えば、上記のWenden (1986)の研究では、34名の英語学習者に半構造化インタビューを行い、第二言語学習の学習方法についてのビリーフについて聞いています。

データはインタビューで集めているので、質問紙調査ではないですが、学習者が「何」を考えているかを知ろうとしている研究ですね。

 

質問紙調査への批判

質問紙調査やインタビュー調査の限界としてよく指摘されるのが、ビリーフをあたかも不変なものとして捉えている(または捉えているように見える)ことです。

 

例えば、「言語学習のときに正確さは大切ですか」という質問に対し、「とてもそう思う」「そう思う」「思う」「あまり思わない」「思わない」の5段階で評価してくださいという質問紙調査があったとします。

 

質問紙調査などを答えた経験のある人ならわかるかもしれませんが、「正確さは大切なときも大切でないときもあるし、時と場合によるとしか言いようがないけど…」と思いつつ、「『そう思う』ぐらいでいいか」、と(若干適当に)答える人も多いのではないでしょうか。

 

質問紙やインタビューで得られることを否定するわけではないですが、これらの調査で得られるものには限界があります。

 

「how」に着目した研究

この限界もあってか、近年は、「何」だけでなく「どう(how)」に着目した研究が増えているようです(Barcelos and Kalaja, 2011)。

 

具体的には、ビリーフが質問紙調査だけでわかるような単純なものではないという前提の上で、ビリーフがどう培われていくのか、変化していくのかを、社会的文脈の中で丁寧に見ていく研究です。研究手法も質的研究をとりいれたものが増えているようです。

 

例えば、今回の2011年の特集号に掲載されていた論文の一つにNavarro and Thornton (2011)の日本の大学の学習者を対象にしたものがありました。

分析対象の学習者は2名で、4か月にわたって、学習者の書いたreflective journal(振り返り)や実際の行動を観察していました。

そして、ビリーフや実際の行動がどう学習プロセスに影響するかや、アドバイザーとのやり取りでどうビリーフが変わるかを調査していました。

 

近年のビリーフについての考え

Barcelos and Kalaja (2011, p. 285-286)は、学術誌「System」2011年39(3)号(ビリーフ研究特集号)で、ビリーフについて以下の要素を主張しています。

  1. 変動するもの(Fluctuating)
  2. 複雑で弁証法的なもの(complex and dialectical)
  3. ミクロ・マクロの政治コンテクスト・ディスコースと関連するもの(Related to the micro- and macro-political contexts and discourses)
  4. 感情や自己概念などのその他の情意概念と本質的に関連するもの(Intrinsically related to other affective constructs such as emotions and self-concepts)
  5. 他者志向であるもの(Other-oriented)
  6. 振り返りやアフォーダンスに影響されるもの(Influenced by reflection and affordances)
  7. 複雑な方法で知識と関連するもの(Related to knowledge in intricate ways)
  8. 複雑な方法で行動と関連するもの(Related to action in complex ways)

 

②の「複雑で弁証法的」というのは、ビリーフは静的でもあり動的でもあり、社会的でもあり個人的でもあり、複雑だということのようです。

「弁証的(dialectical)」の意味は、私も理解できたか定かではないですが、「静的・動的」「社会的・個人的」という互いに矛盾した要素を含んでいるのですが、そのどちらかを否定したり、何らかの因果関係を導き出そうとするのではなく、矛盾した要素を認めながらビリーフの重要性を考えていくという立場ということなのかなと思いました。

⑤の「他者志向」というのは、他者によって大きく影響を受けるという意味のようです。

 

まとめ

今回の論文を読んで、ビリーフ研究も(少なくとも一部の流れは)、第二言語習得研究のアイデンティ研究などと似ていて、複雑性に着目した流れなのかと思いました。

 

SLA(第二言語習得)の歴史的変遷⑧:2000年代以降の多様化(Multilingual TurnやComplexity Theoryなど)

↑ご興味があればこちらもご覧ください。

 

ビリーフを一般化することで結果的に単純化することになってしまうことに問題があるのもわかりますが、一方、質的研究ばかりだと一般化ができず、「ビリーフは複雑」というディスコースを繰り返すだけになってしまうおそれもあるので、難しいですね。

 

研究者が研究を通して何をしたいのかを意識して、ディスコースを作り上げていくという方向性になっていくのかなと思います。