「禍いの科学 正義が愚行に変わるとき」を読了。特に研究に携わる人にはお薦めです。

禍の科学 正義が愚行に変わるとき

禍いの科学 正義が愚行に変わるとき」を読みました。

本の紹介です。

新たな科学の発想や発明が致命的な禍いをもたらすことがある。十分な検証がなされず科学の名に値しないまま世に出てしまったものはもちろん、科学としては輝かしい着想や発明であったにもかかわらず、人々を不幸に陥れることがあるのだ。過ちを犯してしまった科学が「なぜ」「どのような」経緯をたどってそこに至ったのかを、詳しくわかりやすい物語として紹介する、迫真の科学ドキュメンタリー。(禍いの科学 正義が愚行に変わるときAmazonページより引用)

 

著者のオフィットは、アヘンや、マーガリン、化学肥料、優生学、ロボトミー手術、DDT、ビタミンCの7つテーマをとりあげ、なぜこれらに関する「科学」(または科学と思われるもの)が利益よりも害のほうを多く生み出してしまったのかの経緯を追っています。

どの章も面白く、示唆のあるものでしたが、ここではレイチェル・カーソンの「沈黙の春」の功罪を扱った第6章(p. 185~218)を紹介します。

「沈黙の春」は環境保護運動の源流ともなった本です。カーソンはもともと文を書くのが得意で、「沈黙の春」では、情緒的な表現でDDTをはじめとする殺虫剤を批判し、人々の心を捉えました。その結果、アメリカでDDTの使用が禁止されることになり、他の国々も追随することになりました。

ただ、DDTはマラリアをはじめとする病気根絶に非常に有効で、先進国ではDDTのおかげでマラリアを克服してきました。

DDTほど安価で、持続性があり、効果の高い殺虫剤は他になかったにもかかわらず、散布が禁止になったことで、マラリアが流行している国では、本来なら助かったはずの数百万人が命を落としたと述べています(p. 216)。

感想

この本では一貫して、十分な実証データを集め、再現可能性等を精査する重要性を述べています。

米国の環境保護庁がDDTの禁止を検討する際に、専門家100人以上が作成した9,000ページにおよぶ報告書と、レイチェル・カーソンの「沈黙の春」という2つのデータがありました。報告書の方はDDTが人間の慢性疾患等の原因にならないことなどを長々と記載していました。レイチェル・カーソンのほうはデータはあまり触れず、代わりに胸を打つエピソードをつづっていました。最終的に、データではなく、恐怖・誤解に基づいてDDTの禁止を決定したと本では書いてあります(p. 218)

また、ノーベル賞科学者ライナス・ボーリングについて取り上げた章では、後年になって、彼がまったく畑違いの領域で「ビタミンC」が体にいいと根拠もないのに言い続け、彼のアドバイスのせいで逆にがんや心臓病のリスクを高めた人もいたと指摘します。彼の説に確固たる証拠があるのではなく「彼に権威があるから」という理由で多くの人が信用したそうです。

 

データの重要性以外にも多くの示唆のある本でした。

優生学の章では、1916年のニューヨーク市の自然保護活動家であるマディソン・グラントの書いた優生学の本が、ヒトラーに影響を及ぼし悲劇を生み、そして優生学自体は現在も移民の受け入れ等の場面で受け継がれていることを描いていて、恐ろしい気持ちにもさせられる章でした。教訓としてオフィットは「時代の風潮に迎合するような科学的偏見には気をつけなければいけない(p. 147)」と書いていました。

応用言語学の分野でも時代の風潮があり、私自身は論文等を掲載するために、ある程度迎合しながらやってきた自覚があり、自分のやったことが大きく(または後世から)見ると害になる可能性についても考えさせられますね。

私は日本語訳で読みましたが、訳も読みやすかったと思いました。

英語版はこちらです。