ディスコースの定義の変遷についてまとめてみました。

「ディスコース」という言葉をよく聞きますが、ディスコースの定義やディスコース分析の対象もいろいろ変わってきているみたいです。1980年代と1980年後半以降に分けてまとめてメモしておきます。

1980年代

もともとディスコースは、文より大きいまとまり(パラグラフ、会話、インタビューなど)を指し、ディスコース分析はこれらの文より大きいまとまりの中で、話し言葉・書き言葉がどう使われているかに注目していたそうです。(Richards, Platt and Weber 1985)。例えば、文の中のcohesionとかcoherence研究などがそれにあたります。

cohesion(結束性)は、基本的には文と文がつながっているかを見るものです。例えば、私が今突然、「わしは今からcohesionの例とか書いみるつもりじゃ。聞いとくれ」と書いたとすると、さっきまでの文とスタイルが変わってしまっており、文と文の間の「cohesion(結束性)」がないということになります。

cohrerence(一貫性)は、段落と段落の間とか、文と文よりももっと大きなまとまりを見るもので、例えば論文だったら、「序章、先行研究、方法、議論、結論」のように流れがあり、それが一貫しているかをみるものです。

1980年代後半~

1990年代からはフーコーの考え方を取り入れた政治、社会、歴史的、イデオロギーなどのコンテクスト(文脈)をもっと取り入れたディスコースのが見られるようになります。

例えば、critical discourse analysis(批判的ディスコース分析)で有名なFaircloughは以下の定義をしています。

  • Discourse is language as social practice (Fairclough 1989:17)

ディスコースは、「social practice(社会的実践)」としての言語と言っています。
social practiceというのは、言語は使うことは、社会なものであって、言語構造そのものじゃなくて、その言語を取り巻く社会環境も見なければならないということだと、私は解釈しています。social practiceはよく聞く用語です。

Pennycookも批判的応用言語学で有名な学者ですが、このように言っています。

  • Discourse does not refer to language or uses of language, but to ways of organizing meaning that are often, though not exclusively, realized through language. Discourse are about the creation and limitation of possibilities, they are systems of power/knowledge (Pennycook 1994, p. 128)
    ディスコースは言語または言語の使用のことではない。ディスコースとはよく言語(ただし常に言語というわけではない)によって実現される意味を編成する方法なのである。ディスコースは、可能性を作り、また限定するものであり、パワー/知識のシステムである。

ここまでくると、まさに「ポストモダン」という感じがしますが、要するに、ある言葉を使ったり、また使わなかったりすることである意味を作り出しているんだということだと思います。例えば、私が「俺」と言った場合、「男」というジェンダーが作りだされていますし、私が「あたし」というと、「女」というジェンダーが作り出されています(勿論例外もあると思いますが)。

言葉を使うことによって、このようにさまざまな可能性を作り出すことができますが、言葉はまた、同時に、「私」や「あたし」などの様々な選択肢の中から「俺」や「あたし」を選んだという意味で、ディスコースは可能性を限定するものでもあります。また、「俺」「あたし」という言葉を一つとっても、ジェンダーという社会の一般理解・規範のようなもの(知識・パワー関係)が反映されています。

さらに、それは言葉だけに限らず、しぐさや振る舞い、服装など言葉以外のものでも分かるという意味だと理解しています。

最後にディスコース分析で有名なGee et alの定義です。Geeは、primary Discourse(第一次ディスコース)とsecondary Discourse(第二次ディスコース)を提唱した学者で、リテラシー分野でも有名です。

  • A Discourse is composed of ways of talking, listening, reading, writing, acting, interacting, believing, valuing, and using tools and objects, in particular settings and at specific times, so as to display or to recognize a particular social identity (Gee, Hull and Lankshear 1996, p. 10)
    ディスコースは、ある社会的アイデンティティーを提示しまたは認識するために、ある場面、ある時点で、どう話し、聞き、読み、書き、行動し、交流し、考え、評価し、ツールやモノを使うかということである。

これもフーコーの影響を大きく受けています。ちなみにGeeはDiscourseと大文字の「D」を使っています。
言語構造に注目するディスコースの定義から、ポストモダン的なディスコースの考え方に変わってきているようです。フーコーの影響力ってすごいですね。。。

  • Gee, J. P. (2014). An introduction to discourse analysis: Theory and method. Routledge.
  • 大原由美子(編)(2006)『日本語ディスコースへの多様なアプローチ会話分析・談話. 分析・クリティカル談話分析』凡人社



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