日本語教育の修士号は国内でとるべきか、海外(英語圏)でとるべきか?

日本語教育の修士号は国内でとるべきか、海外(英語圏)でとるべきか?

この前の記事「日本語教育の修士課程に進むメリット・デメリット」の続きです。

日本語教育の修士課程に進むメリット・デメリット

今回は、日本語教育の修士に行くと決めた場合、国内の大学に進学するか、海外(といっても英語圏(アメリカ、オーストラリア、イギリス、カナダ等)の大学に限ります)の大学に進学するかという点について、個人の意見を述べたいと思います。

大学によってプログラムも多種多様かと思いますが、ある程度日本語教育で「有名な」大学を想定して記載します。

(どこが私個人が「有名な」大学と思うかについては、また別の記事で書ければと思います)

アメリカで日本語教育を学べる大学院(修士課程)のリスト

↑アメリカで日本語教育を学べる大学院についてはこちらもご覧ください。

海外(英語圏)のメリット①:日本語を多言語の中の1つとして見る視点がつく

日本国内で日本語教育の修士号を取得すると、どうしても「日本語」が中心で、日本語のみに着目してしまいがちです。

海外で取得する場合、「東アジア学部」や「アジア言語文化学部」などの中の一つに「日本語学科」があることが多く、多言語の中の1つとして日本語が位置付けられています。

そもそも大学院のコース自体も、「言語教育」や「応用言語学」など特定の言語に限らないものも多いです。

日本語だけでなく、他言語の言語教育・応用言語学を学ぶ人ととも知り合いになり、一緒に言語教育について話し合えるので、世界の中の言語の一つとしての日本語という視点を持ちやすくなると思います。

 

海外(英語圏)のメリット②:英語での論文執筆のスキルが身に着く

海外(英語圏)で修士号を取った場合、日本語教育を専攻していても、当然一般的な言語教育の授業は英語で開講されることも多く、ディスカッションやレポートなどを通して、アカデミックな英語力が身に着きます。また、英語で論文を執筆する力もつきます。

もちろん国内の大学でもやる気次第で、こういったアカデミックな分野での英語を伸ばせるとは思いますが、英語圏にいたほうが圧倒的に伸ばしやすい環境にある(むしろ伸ばさないと卒業できない)と思います。

 

私個人の意見ですが、将来、教育だけでなく研究もしたいと思う人にとって、これは大きなプラスだと思います。

(これは、英語支配の問題にもかかわってくるのですが、その是非はここでは置いておきたいと思います)

研究者になる場合、主戦場は学術誌で、いかに質の高い論文を書くかが問題になってきます。

 

勿論、自分の読者を日本語がわかる人のみに限っていいのであれば、別に英語で執筆する必要はないかもしれません。

ただ、日本語で書くのと、英語で書くのでは、読者数・学術誌の数ともに圧倒的に違います

私もよく他言語についての論文を読みますが、それは英語で書かれているから読めるのであって、他の言語で書かれた論文はそもそも読みたくても読めません。

言語教育全般(というより学術界全般)の議論は英語でなされることが多いというのは、(その是非は置いておいて)今の現状かと思います。

また、英語の論文誌は評価の高いものから低いものまで多数あり、自分のトピックにあった学術誌も選びやすいです。日本語でもいい学術誌はありますが、やはり量も限られます。

ただ、これは研究者を目指さない人にとっては、あまりメリットとは言えないかもしれません。

 

海外(英語圏)のメリット③:学習者の気持ちがわかる?

英語が母語でない場合に限りますが、母語でない環境で生きて(戦って?)いかなければならないので、自分が教える側に立った時も、日本語学習者の気持ちに共感しやすいかなと思います。

言語学習のみならず、母語でない言葉で生活すること、自分の意見を主張していくことの大変さ・楽しさも身をもってわかるので、それは自分が言語を教える側にたったときも、役に立つものだと思います。

ただ、これは当たり前ですが、別に修士号に限ったことではなく、自分が母語でない環境下で生活・就労すれば、感じられることなのかなとは思います。

 

海外(英語圏)のメリット④:就職

当たり前かもしれませんが、滞在国・地域である程度ネットワークもできるので、ある程度その国・地域での就職はしやすくはなると思います。(といっても、どこで求人が出るかわからないので、タイミング・運によるものも多い気がしますが)

また、日本の場合も、海外の修士号を高く評価する大学も多いです。

 

国内のメリット①:日本語教育・日本語プログラムが充実している

次に国内の大学で修士号を取得した場合のメリットについてです。

海外の大学だと、日本語学科自体がそこまで大きくないことも多く、大学院を担当する日本語教育専門の教員の数も限られることが多いです(大学院担当の日本語教育専門の教員は実質1人ということもあるようです)。指導教官が自分の興味のある分野の専門ではないということもあります。

一方、国内の大学の場合、日本語教育大学院を担当する教員が複数人いたり(多い大学では大学院担当教員だけで10名以上いるところもあります!)、留学生の数が多い大学だと、留学生向けに充実した日本語プログラムがあります。

こういった充実した日本語教育・日本語プログラムがあると、様々な日本語クラスを見学する機会があったり、いろいろな教員と関わる機会があったりするので、メリットだと思います。

また、日本語・日本語教育関係のセミナーなどはもちろん日本で行われるものが多いので、そういったイベントに足を運びやすいというのもメリットだと思います。

 

国内のメリット②:就職

これは大学によると思いますが、個人的な意見では、国内の大学のほうがキャリアサービスが充実しているように思います。

海外(英語圏)の大学だと、その大学でそのまま非常勤などで教える場合を除くと、基本は卒業後は自力で応募して就職口を探すということが多いと思うのですが、国内の大学だと、国内外でインターンシップの機会を与えてくれたり、時には就職口も紹介してくれることもあったりと、全般的に手厚い印象があります。

 

ただ、「日本語教育の修士課程に進むメリット・デメリット」の記事でも書きましたが、就職口といっても非常勤職が多いので、そこは検討したほうがいいかもしれません。

 

国内のメリット③:日本語で学べる

海外(英語圏)の大学だと、上記のとおり、英語で行われる授業も多く、ディスカッションも英語になることが多いです。

英語が母語でない場合、英語母語話者の中で議論が盛り上がると、ついていけなくなることも多く、教員の英語がよくわからないときも少なからずあるのではと思います。

アカデミックな英語力を伸ばすという点ではいいのですが専門分野の理解という点では、クラスメートと十分に議論できなかったり、授業が十分に理解していなかったりと、マイナスの効果のほうが大きい気がします。

国内の大学院の場合、英語で開講される授業があったとしても、基本は日本語で授業を受け、日本語で議論できる機会は多いでしょうし、わからないときに教員に日本語で聞けるかと思います。

特に大学院の授業は講義形式でなく、クラスメートとディスカッションを通して学ぶことも多々あるので、忌憚なく議論できるというのは大切なポイントになってきます。

日本語が使えるということは、日本語母語話者にとっては、自分自身の理解を深め、議論を発展させていくという点においては、大きなメリットになると思います。

 

国内のメリット④:コストが比較的安い

学費の面では、英語圏の大学は特にべら棒に高いところも多く、日本円に換算すると、学費だけで1年200万円以上かかるところもあります。

居住者と留学生で違う価格を設定している大学も多く、留学生は倍以上の値段を支払わなければならないこともあります。

また、航空券代もかかりますし、奨学金等がない場合は、なかなか金銭面で工面するのが大変です。

 

日本の大学院も安いとは言えませんが、1年間で60万~100万程度に収まるところが多いのではないかと思います。

 

まとめ

あくまで一個人の意見ですが、国内と海外(英語圏)のメリットをまとめてみました。

将来、日本語教育の分野で大学院進学を考えている人の参考になればうれしいです。

当たり前ですが、大学ごとに特色などもあるので、今後その情報なども追加していければと思います。



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