庵功雄の「日本語教育・日本語学の「次の一手」」読了。「何を教えるか」は大切ですね。

庵功雄(2013)の「日本語教育・日本語学の「次の一手」」を読みました。

  • 庵功雄. 日本語教育・日本語学の 「次の一手」. くろしお出版, 2013.

日本語教育や、日本語能力が高くない人のための「やさしい日本語」、日本語研究の可能性や大学院生としての心構えなど、いろいろなトピックをエッセイという形で扱っていました。エッセイなので堅苦しくなく読みやすかったです。

「庵功雄」といえば、学部の頃に以下の本を教科書として使っていたので、そのイメージが強かったのですが、

今回はエッセイということもあって、庵の考えや人柄があらわれているような気もしました。

  • 庵功雄. 新しい日本語学入門: ことばのしくみを考える. スリーエーネットワーク, 2012.
特に日本語教育の章は確かにと思うところがたくさんありました。

日本語教育の初級の文法シラバスは70年間変わっていないようで(参考:岩田2011)、それを見直すということはほとんどされてきていないようです。

「教授法」では「どう教えるか」という点だけでなく、「何を教えるか」という点も議論すべきという庵の指摘はその通りだなと思いました。その例として、初級の日本語で出てくる「推量の「でしょう」」や命令形、「テイル形」などを例に挙げていました。

「明日は雨でしょう」というような「推量の「でしょう」」を言い切りで使うことは自然会話では非常に少ないというデータがあるそうです。命令形もしかりで、そのようにあまり使わないものを過剰に取り上げているのではと庵はいっていました。(逆に必要なものを過少に扱っているケースもあるといっています。)

また、シラバスの問題点として一度学んだものを繰り返し学ぶ機会がほとんどないことがあると指摘しています(p.19)。

ここには書ききれませんが「~のです」に関する考察も面白かったです。

実際に初級日本語を教えていると、「推量の「でしょう」」を学生が多用して、不自然に聞こえることもありますし、確かにシラバスの構成として、あまり何度も繰り返し勉強することがないため、繰り返し学習は教師側の工夫や学生の自助努力に任せている感もします。確かになあと思うところが多かったです。



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