Plurilingualism/pluriculturalismに関する「複言語・複文化主義とは何か」(2010)を読みました②

昨日の続き(詳しくはこちら)で以下の本についてです。

  • 細川・西山(編)(2010)「複言語・複文化主義とは何か ―ヨーロッパの理念・状況から日本における受容・文脈化へ」くろしお出版

この本で個人的に参考になったのは第2部の第3章の山本他「JF日本語教育スタンダード試行版」における複言語・複文化主義」(p.107-118)という題の章です。

日本語教育でも、ヨーロッパ言語共通参照枠に基づいて国際交流基金が「JFスタンダード」というのを作成しましたが、この章では、欧州評議会(CE)の言語教育政策における理念と、このJFスタンダードを分析していました。

この章によると、参照枠の方では、欧州評議会(CE)の言語教育政策における5つの理念(複言語主義・言語の多様性・相互理解・民主的な市民性・社会的結束促進)が相互に関連付けられていたのに対し、JFスタンダードの方は基本的にあくまで「日本語一言語」による相互理解を目指すという側面が強かったそうです。

以下は私の解釈ですが、この参照枠がヨーロッパで作成された背景には、2001年頃には勢いのあった欧州統合の流れを受け、ヨーロッパの社会的統合を図り、民主的な市民社会を目指すためには、ヨーロッパ内の言語・文化の相互理解を深めることが必要だという強い理念が根底にあったということだと思います。

つまり、「ドイツ語」「ギリシャ語」「フランス語」などのヨーロッパ内の言語を一人一人が学習することが、ヨーロッパ内での民主的な市民の育成、そして相互理解の促進の源になるという理念の下に産まれたのが、この参照枠であり、一人一人の中での「複言語・複文化主義」だったのかなと思います。(実際には参照枠は、理念の部分が抜け落ち、単一言語の言語能力基準として使われることも多いようですが・・(参考:上記の本のp.29(執筆者:西山))

ただ、日本語に取り入れる場合は、特にこれを主導した国際交流基金の立場上、「日本語」という枠組みを抜け出せず、「日本語一言語による相互理解」に留まったということなのかなと思います。

この章にも書いていましたが、JFスタンダードには、学習者・使用者の使う日本語(要するに「ノン・ネイティブ」の日本語)を、「未熟な日本語」とみなすのではなく、それそのものとして評価し、価値を見出す記述もあるそうです。なので、日本語内での多様性は認めるという点で、複言語主義との関連性はあるといえばあるのですが、それでもやはり「日本語内」という枠組みに留まらざるを得ないようです。

ちなみに国際交流基金はJFスタンダードに基づいて最近以下のような教科書も作成しています。この教科書にあるA1というのは6つある言語習得レベル(A1, A2, B1, B2, C1, C2)の一番下のレべルです。一度手にとってみたことがありますが、カラフルで写真やアクティビティがたくさんあり、週1回程の外国語としての日本語のコースでなら使ってみたいなと思った記憶があります。

  • The Japan Foundation (2013). Marugoto: Japanese Language
    and Culture (Starter A1): Coursebook for communicative language competences. Japan Foundation. 



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