普遍文法(Universal Grammar)とは何か

普遍文法(Universal Grammar)とは

普遍文法は、「すべての人間言語の文法に関わる原理または特質。言語能力の最初の状態」(フロムキン・ロッドマン 2002, p. 467)のことです。

「文法」とありますが、いわゆる言語のクラスで学ぶような、日本語の文法、英語の文法という学校文法とは全然違います。

 

普遍文法は、ノーム・チョムスキーが1956年に「Syntactic Structures」を出版してから、言語学に大きな影響を及ぼした生成文法(Generative Grammar)の用語です。

赤ちゃんは、言語に接触する量も限られているにもかかわらず、短期間で言語を習得することができます。

大人になって言語を学ぶのにはすごく苦労をするのに、なぜ幼児は言語を話せるようになるのでしょうか?

ピアノやサッカーなどだと、上手下手の個人差が大きいですが、言語の場合は、多少習得のスピードが違うにせよ、皆が習得するのはどうしてなのでしょうか?

というのが大きな疑問でした(というより、今も大きな疑問であります)。

 

チョムスキーは、人が言語習得ができるのは、人間の脳には、そもそも生得的に言語を習得する能力が備わっているからだと考えました。

脳の中には、人類に共通の言語獲得装置(Language Acquisition Device: LAD)が存在すると考えたのです。

この装置は生まれたときは初期の段階です。生まれたときは特定の言語に特化していません。

普遍文法は、この初期の状態のときに存在する、人間に生得的に備わっている言語能力のことです。

 

人は、生まれてから、日本語なら日本語用に、英語なら英語用に、中国語なら中国語用にその装置を設定していきます。

初期状態から言語に応じて設定していった最終形態のものが、日本語文法、英語文法などです。

言語ごとの文法は、普遍文法と対して個別文法といわれたりします。

 

チョムスキーは、言語は、人間に特別なもので、人間と動物を区別するものだと考えました。

 

言語能力(competence)と言語運用(performance)

また、チョムスキーは、言語能力(linguistic competence)と言語運用(linguistic performance)をわけて考えました(Chomsky 1965)。

 

言語能力というのは、我々が持っている言語に関する知識のことを指します。

言語運用というのは、実際に産出されたもののことを言います。

 

ある言語のネイティブスピーカーであっても、実際に言語を話すときに、文法的に間違えたり、途中でいうことを変えたり、よくわからないことを言ったりすることは頻繁にあります。

ただ、だからといって、ネイティブスピーカーは、文法規則を知らないというわけではありません。

例えば、日本語母語話者が言語運用で「私は椅子が座る」なんていう文を言ってしまうことはあったとしても、それが文法的に間違えているか判断する能力も持っています。

つまり、頭の中に、言語システムのルール(言語に関する知識)を保有しているといえます。

 

この頭の中にある言語に関する知識が言語能力(linguistic competence)となります。

チョムスキーは、言語学者が探求すべきものは、この言語能力を明らかにすることであり、言語運用は対象にはしないと言っています。

 

原理(principles)とパラメータ(parameters)

普遍文法は、人間に生得的に備わっている言語能力といいましたが、人類共通の普遍的な言語能力とは何なのでしょうか?

普遍文法は、様々な言語の普遍的な原理(principles)と、言語ごとに選択をするパラメーター(parameters)で成り立つと考えられています。

 

「原理」のほうは、脳の中にもっている人類共通のものです。

例えば、「語順がある」などですね。

 

「パラメータ(媒介変数)」というのは、個々の言語で選択するものです。

例えば、日本語だったら、「SOV(主語・目的語・動詞)」の順ですが、英語だと「SVO(主語・動詞・目的語)」の順です。

なので、日本語話者だと、「SOV」に設定、英語話者だと「SVO」に設定するという感じです。

 

ちなみに、生成文法の中でどんなパラメータがあるか詳しく知りたい人は、「マーク・C.ベイカー(2010)言語のレシピ――多様性にひそむ普遍性をもとめて (岩波現代文庫)」に詳しいと思います。

 

ご興味のある方は

チョムスキーの著作は和訳も出ています。

 

一般向けの本だと、原本が出版されたのが1994年でかなり古いですが、ピンカーの本がわかりやすいと思います。

 

生成文法は1956年に提唱されてから、何度も展開・発展を遂げています。もし生成文法そのものにご興味のある方は、以下の本がわかりやすいと思います。

 

ちなみに、以前「統語論とは何か」の記事の中で句構造について紹介しましたが、この句構造というのは、初期の生成文法で提唱されたものです。