Bucholtzのauthenticity(真正性)に関する論文を読みました。

この前紹介したBucholtzの他の論文も読んでみました。

  • Bucholtz, Mary (2003), ‘Sociolinguistic Nostalgia and the Authentication of Identity’, Journal of Sociolinguistics, 7.3, 417–31

この論文では、社会言語学におけるauthenticityについて議論していました。

authenticityは翻訳しづらい言葉ですが、「本物であること」「真正性」というような意味です。例えば、言語教育だと、教師が人工的に作った教材ではなく、ブログやテレビ、広告など普段、自然に使われている言葉を使った「生教材」のほうがauthentic(「本物らしい」)といわれたりします。

社会言語学ではauthenticityにかなり重きを置いていますが、そのauthenticityそのものについてはあまり議論されていなかったとBucholtzは言っています。

このauthenticityの問題は本質主義とも密接に関連しているといるようです。

本質主義は、よく批判もされますが、コミュニティが共通のアイデンティティの構築するのにも、また、研究者がツールとして使うときにも役に立つ概念ではあるとBucholtzは指摘しています。

また、Kubota(2014)にもありましたが、マイノリティの権利などを主張するときなど、不平等を是正する目的などで、戦略的に本質主義を使う動きもあるようです。

社会言語学の分野では、authenticityに関して以下のようなイデオロギーが根底にあるといっています。

  • 言語的孤立主義(linguistic isolationism):一番「真正」な言語というのは、他の言語の影響を受けていないものであること。(方言学でよく見られるイデオロギーだそうです)
  • 言語的日常性(linguistic mundaneness ):一番真正な言語は、日常で自然に使われている、何の変哲もない言語であること。
  • 言語学者の存在は、言語の真正性の障壁になるということ。観察者がいることにより自然な言語が引き出せないということのようです。
  • 真正性かどうかを決めるのは言語学者であるということ

Bucholtzは過去の研究を批判するのではなく、「reflexive sociolinguistics」といって、自らの立場を内省しつつ研究を進めていくことが大切だといっていました。

さらに、イデオロギーとしての「authenticity」と、実際の対話の中で行われる「authentication(本物であると認めること)」のプロセスというのは別のものとして使わなければならないといっていました。

  •  Bucholtz, Mary (2011). White Kids: Language, Race, and Styles of Youth Identity, Cambridge University Press.



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