バフチン(Bakhtin)の対話理論(dialogism)・ポリフォニー理論・ヘテログロシア・カーニバリズム論

バフチン(Bakhtin)について

バフチンはロシアの文学者・思想家です。1990年前後からバフチンが再評価・応用されており、応用言語学の研究でもよく聞きます。この前の記事で、バフチンに関する動画も見てみましたが、私の理解した範囲でバフチンについてまとめてみました。

参考は以下の本と、その他のウェブサイトなどです。

  • 桑野隆. バフチン: 対話そして解放の笑い. 岩波書店, 1987.

バフチンを考える際のポイントになるのは、バフチンが社会的なものに目を向けていることだと思います。

バフチンはテキストというのはテキストのみで完結するものではなく、ある場所・時代における、その他のテキストといっしょに存在しているといっています。

いい方を変えると、テキストをテキストのみで考えるのではなく、その他の社会・歴史等との関連性でみる必要性があることだと思います。よく挙げられるバフチンの考えは以下のとおりです。

①対話理論(dialogism)・ポリフォニー理論

ドフトエフスキーの本を読んでいたバフチンは、小説は著者の視点のみで書かれたのではなく、様々な登場人物の「さまざまな声」(ポリフォニー)が入っていることに気づきました。

登場人物が別の考えやイデオロギーを持ち、それがテキストの中で関わりあっていたそうです。

登場人物は時に著者とも違う考えを述べたりもします。バフチンは、こういった様々な「声」は列挙されているのではなく、そこには様々な対話があると言っています(バフチンのいう「対話」はおしゃべりや、友好的な対話だけではなく、論争なども含みます。)。

ここからバフチンは一般の思考にも話を広げています。

テキストと同じで、人間の意識というのは、ただ一つの単体で存在しているのではなく、いつも様々な意識の間との関係性で存在し、その別の意識との間で対話を産み出そうとしているといいます。その対話は終わることがないといっています。

また、自分の存在そのものというのも、様々な人の声と対話するということであり、その対話が終わることがない、とも考えられると思います。

他者の反応によって自分の考えが変わることもあれば、自分の発話が他者を変えることもあり、日常でそういう対話を続けているといえます。

②ヘテログロシア

この様々な「声」というものは、「ブルジョワ」「男」「女」「庶民」など、社会的・歴史的・年齢的に制約された特徴をもっており、こういった様々な話し方(ヘテログロシア)を組み合わせて小説ができているといっています。

この考えは「著者」とは誰かという問題にもつながってきます。なぜなら、一つのテキストにも「誰かから借りた」様々な声が入っているからです。

昨日ラジオで、女性パーソナリティが良い行いをした小学生を褒めていて、そのときに「『やるなおぬし』と思いましたが」と言っていました。この『やるなおぬし』というのも「誰かから借りた」声だと言えると思います。

こう考えて行くと、自分の言っている言葉がどこまで自分のものなのかという問題に突き当たる、ということだと思います。

また、バフチンは言語を一つのシステムだと考える考え方を批判しています。「言語」というのは、大抵はエリートの言語を元に作られた「標準語」であり、この「標準語」が様々な言葉のバラエティを抑圧していると考えているようです。

③カーニバリズム論

カーニバル(いわゆるお祭り)では、いつもは許されないようなことも許されたり、パフォーマンスする人と観客が一体になったり、いつも存在する社会階級がなくなったりします。

この非日常なお祭りのときに、自由な笑いや罵詈雑言が生まれ、新しい対話や、新しい視点が産まれる素地ができるといっているそうです。