ハ行の子音の音韻変化と、音韻変化を示す資料について

この記事では、ハ行の子音の音韻変化と、音韻変化を示す資料について説明します。

ハ行の子音の音韻変化について

五十音図で、なぜハ行だけ「ばびぶべぼ」という濁音だけでなく「ぱぴぷぺぽ」という半濁音があるのか不思議に思ったことがある方もいるのではないでしょうか?

「かきくけこ」と「がぎぐげご」、「さしすせそ」と「ざじずぜぞ」のように、他の行は濁音と清音の区別しかありません。

 

この理由は、ハ行の音韻変化(発音の変化)が関係しています。

ハ行は、奈良時代前は「パピプペポ」(両唇無声破裂音の[p]の音)で発音していたというのが定説です。

 

それが、「ファフィフフェフォ」に近い音(無声両唇摩擦音の[ɸ]の音)に変化しました。

橋本(1950)は奈良時代にはすでに一部の語のハ行子音が[ɸ]に変化したと考えましたが、いつ[p]から[ɸ]に移行したかに定説はありません。

10世紀後半から11世紀前半頃には[ɸ]の音が一般化したといわれています。

 

そして、江戸時代初期には、現在の「ハヒフヘホ」の音(無声声門摩擦音の[h]の音)になりました。

ハ行の子音の変遷

ハ行の子音の音韻変化をまとめると、以下のようになります。

~奈良時代前papipepo
奈良時代・平安時代~ɸaɸiɸɯɸeɸo
江戸時代初期~haçiɸɯheho

※変化した時期については諸説ありますが、[p]→[ɸ]→[h]と音が変化していったと言われています。

 

現在の「はひふへほ」の発音は、厳密にいうと、3つの子音が混ざっています。

「はへほ」が[h]の音、「ひ」が硬口蓋摩擦音[ç](「ヒャヒヒュヒェヒョ」の音)、「ふ」が[ɸ](「ファフィフフェフォ」)の音です。

「ふ」のみ以前の音を残しています。

 

なお、語中・語尾に出てくるハ行の音は、上記とは違う音韻変化をたどりました。

これについてご興味のある方は、「ハ行転呼音とは何か?ハ行転呼音はなぜ生じたのか」もご覧ください。

 

なぜ音の変化があったとわかるのか

今のように音を録音して保存できるわけではないですし、なぜ当時の発音が今と違うということがわかるのでしょうか。

発音が違うことを示す根拠となっている資料を紹介します。

万葉仮名

まず、奈良時代の発音については万葉仮名を根拠にすることが多いです。

万葉仮名とは、日本語の音を表記するために使われていた文字のことです。いってしまえば、当て字のことです。

奈良時代ごろは、平仮名・片仮名はまだ存在していませんでした。なので、日本語の音を表記する際は、主に漢字の音読みを利用していました。

今も「アメリカ」を「亜米利加」、「アジア」を「亜細亜」、「フランス」を「仏蘭西」と書いたりしますが、それと似た感じです。

 

ハ行を表すために使われている万葉仮名の漢字が、[p]や[ɸ](「ファフィフフェフォ」に近い音)を持つものばかりで、[h]を頭子音を持つ漢字が用いられたことがないそうです(衣畑編 2019, p. 46)。

このことから、[p]や[ɸ]の音だったのではと推察しています。

連濁

また、連濁からも、ハ行が他の行と違っていることがわかります(衣畑編 2019, p. 47)。

  • さ(kasa) → あまさ(ama gasa)
  • け(sake)→ あまけ(ama zake)
  • な(hana)→ おしな(oshi bana)

連濁とは、二語が結合して一語となる時に、後続の語の語頭が濁音化することです。

連濁が生じる際は、「か」→「が」、「さ」→「ざ」、「た」→「だ」のように子音が変化します。

その子音の音の変化を見てみると、ハ行以外は、調音点(口の中で発音する場所)は同じです。

「か」→「が」は[k]→[g]、「さ」→「ざ」は[s]→[z]ですが、発音するときに舌の位置は同じ場所にあります。

違いは無声音か有声音かのみになります。つまり声帯振動があるかないかのみになります。

 

ただ、ハ行のみ、[h]→[b]の変化になっています。この2つの音は調音点が違います

実際に発音をしてみると、唇の使い方が全然違うと思います。[b]のときは両唇が合わさりますが、[h]のときは合わさりません。

 

本来、[b]の音に対応する無声音は[p]の音です。

このことからも、本来は、ハ行の発音は[p]だったのではないかと推測されます。

 

キリシタン資料

16世紀末から17世紀前半頃に、主にイエスズ会の宣教師たちが編纂したキリシタン資料も、当時の発音を知るための重要な資料となっています(伊坂 2019, p. 51)。

以下の写真は、1592年に出版された『天草版平家物語』です(Shelfmark: Or.59.aa.1)。これは、16世紀の日本を訪れたキリスト教宣教師の日本語学習向けに編纂されたものです。

2

(出典:国立国語研究所

 

「日本語」に「NIFONGO」や、「ひと」に「FITO」、「平家(へいけ)」に「FEIQE」など、「はひふへほ」に「F」の音があてられているのがわかります。

他の資料でも、ハ行が「Fa Fi Fu Fe Fo」と表記されており、この当時のハ行の音は、[ɸ](「ファフィフフェフォ」に近い音)だったのではないかと考えられます。

 

その他の文献

室町時代以降の他の文献からも当時の発音を予測することができます。

室町時代に朝鮮で作られた、1492年の「弘治五年朝鮮板伊路波(いろは)」の冒頭では、日本語のいろは四十七文字の発音をハングルで注記しています。

この中で、ハ行の音には、当時の朝鮮語で[h]を表す音ではなく、[ɸ]に近い音などが使われているそうです(衣畑編 2019, p. 48)。

 

それから、中世のなぞなぞ集である『後奈良院御撰何曽(ごならいんぎょせんなぞ)』(1516年)には、次のなぞなぞがあります。

  • 母には二度あひたれども父には一度もあはず

答えは「くちびる」です。

「母」というときは、上唇と下唇が2回合わさるけれど、父の場合は合わさらないということだそうです。

現代の[h]の発音の場合、「母」といっても唇が重なることはないので、このなぞなぞを解くことができません。

ただ、[p]の音や[ɸ]の音で、「パパ」または「ファファ」と発音すると、唇は二度合わさります。

このなぞなぞからも、当時は違う音だったのではということが推測できます。

 

日本の諸方言

また、ハ行音が多くは唇音であったことは、日本の諸方言からも推察することができます。

東北や山陰、南九州、琉球の諸方言では、ハ行の子音を[p]や[ɸ]と発音するものがあります。

例えば、沖縄本島中南方言のウチナーグチでは、「比嘉(ひが)」を「フィジャ」、「火(ひ)」を「フィ」、「暇(ひま)」を「フィマ」と発音します(参考:『初級沖縄語』)。

これは、昔の発音が残っているのではと言われています。

 

まとめ

この記事ではハ行の音韻変化について簡単に説明しました。

日本語学の教科書などでは、上記のように説明されることが多いです。ただ、根拠となる資料も限られており、通説には疑問点も多く指摘されています。

まとめると以下のようになります。

  • ハ行の子音は、「パピプペポ[p]」→「ファフィフフェフォ[ɸ]」→「ハヒフヘホ[h]」と音が変化していった。
  • その音の変化は、万葉仮名、連濁、キリシタン資料、日本の諸方言から推測できる。

 

ご興味のある方は以下の記事もご覧ください。

参考文献