日本語の能動詞と所動詞について

日本語の動詞は「子音語幹動詞・母音語幹動詞」、「自動詞・他動詞」、「意志動詞・無意志動詞」、「状態動詞・動態動詞」、「本動詞・補助動詞」、「能動詞・所動詞」など、様々な分け方がされます。

(詳しくは「日本語の動詞の分類について」もご覧ください)

この記事では「能動詞と所動詞」について説明します。

 

能動詞と所動詞

能動詞と所動詞は、三上章(1953)が提唱したもので、動詞を受身形を作ることができるか否かで分類したものです。

  • 能動詞:受身形になる動詞
  • 所動詞:受身形にならない動詞

 

日本語の受け身

能動詞・所動詞について詳しく説明する前に、分類の基準となっている日本語の受け身についても、少し説明します。

日本語の受け身の特徴は、直接受身、間接受身のどちらも存在することです。直接受身がある言語は多いと思うんですが、間接受身がある言語は少ないようです。

(*ちなみに受け身の分け方もいろいろありますが、この直接受身・間接受身は寺村(1982)に基づくものです)

 

直接受身というのは、対応する能動文をもつ受け身です。

  • (能動文)山田さん佐藤さんをしかった。
    (受身文)佐藤さん山田さんにしかられた。
  • (能動文)山田さん佐藤さんをたたいた。
    (受身文)佐藤さん山田さんにたたかれた。
  • (能動文)山田さん佐藤さんをほめた。
    (受身文)佐藤さん山田さんにほめられた。

「(能動文)Yamada scolded Sato」→「(受身文)Sato was scolded by Yamada」というように、英語でもある受け身の形ですね。

 

 

間接受身というのは以下のような、対応する能動文を持たない受け身です。

  • 能動文)が降った。
    (受身文)に降られた。
  • 能動文)子どもが泣いた。
    (受身文)子どもに泣かれた。
  • 能動文)がケーキを食べた。
    (受身文)にケーキを食べられた。

 

間接受身の場合、受身文で出てきている主語の「私」が、能動文の「雨が降った」「子供が泣いた」にないのがわかるでしょうか?

「私」は「雨が降る」「子供がなく」などの行為によって迷惑を受けた主体として出てきています。

このことから間接受身は迷惑の受け身といわれることもあります。

 

なお、英語にはこういう受け身はないので、間接受身を英訳するのは工夫が必要です。

「私は雨に降られた」というのはよく、「I was caught in the rain」と訳されますね。

「子どもに泣かれた」というのも、「I was cried by a baby」なんていうと変なので、「My baby cried」とシンプルに訳されることが多いようです。

 

能動詞

能動詞は、受身を作れる動詞です。

能動詞も、直接受身と間接受身、両方作れる他動詞と、直接受身は作れないが間接受身を作れる自動詞に分けられます。

直接受身&間接受身のどちらも作れる能動詞

他動詞はこれに入りますね。

  • 食べる、見る、ほめる、聞く、しかる、建てる

 

例えば、「食べる」の場合、以下のようにどちらの受け身も作れます。

  • ピノキオはクジラに食べられた(直接受身)
  • 私は、妹にケーキを食べられた(間接受身)

 

間接受身のみ作れる能動詞

自動詞のうち、間接受身が作れるものは、能動詞になります。

例えば以下のようなものがあります。

  • 泣く、死ぬ、逃げる、走る、起きる

意志性のある自動詞はこちらに入ります。

所動詞

所動詞は、直接受身も間接受身も作れない動詞です。

例えば以下のようなものがあります。

  • できる、見える、聴こえる、売れる、ある、要る、教わる、見つかる

意志性のない自動詞は所動詞になります。

まとめ&ご興味のある方は

能動詞と所動詞の区別について簡単に紹介しました。何かのお役に立てれば幸いです。

 

もっと興味のある方は、ヴォイス関係の本を読むと面白いのではないかと思います。

 

もしご興味のある方は以下の記事もご覧ください。